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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)2136号 判決 1975年1月23日

原告

近藤四郎

被告

榊力三郎

主文

一  被告は原告に対し五五万〇三三一円及びうち四八万〇三三一円に対する昭和四八年四月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告に対し一二六万六〇〇〇円及びうち一一六万六〇〇〇円に対する昭和四八年四月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)発生時 昭和四六年四月二六日午後一時四五分頃

(二)発生地 青森県青森市古川三丁目一三番一〇号

(三)被告車 トラツク(青4四八〇三)

運転者 榊正志(以下正志という)

(四)原告車 単車(九〇cc)

(五)  原告が原告車をひいて停止しているところに被告車が衝突したもの。

(六)  原告の傷害部位程度

(1) 傷病名 頭部打撲、右肩甲部打撲、右鎖骨々折、下肢挫創

(2) 治療経過 昭和四六年四月二六日から同年五月三〇日まで入院、同年六月一日から同年一一月四日まで通院治療(通院実日数七九日)

(七)  後遺症

(1)症状 右鎖骨仮関節を残す

(2) 右は自賠法施行令別表等級の一二級に該当する。

二  (責任原因)

(一)  被告は被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものである、仮に被告車が被告の所有に属せず、正志の所有にかゝるものだつたとしても、同人は被告の実子であり、かつ使用人として家業である建具職に従事し、被告車は右家業に使用され、製品その他の運搬に使われていたものであり、被告は原告の人的損害につき運行供用者として自賠法第三条の責任がある。

(二)(1)  仮に被告が運行供用者に該らないとしても、被告は右のとおり正志を使用し、同人が被告の業務を執行中、後記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから民法第七一五条第一項により、原告に生じた人的損害、物的損害につき賠償する責任がある。

(2)  正志の過失は次のとおりである。

すなわち、前記事故発生地路上は、前方東北本線の踏切の遮断機が閉鎖されたため、約二五台あまりの車両が踏切待ちをして停止していたのであるが、原告が原告車をひいて道路に面した亀井商店から出て、先方から一〇台目ほどの車両の間を抜けようとして一旦停止しているところを、同地点より四台ほど後方に並んで停止中の正志運転の被告車が突然道路の右側に出て進行を始め、対向車のないことを奇貨として道路の右側を疾走して追越し、停止中の原告車に衝突した過失

三  (損害)

(一)  入院治療費 三五万一七七四円

(二)  休業損害 九〇万八〇〇〇円

原告は朝日観光開発株式会社に管理係として勤務し、月収四万二〇〇〇円をえていたところ、本件事故により働けなくなつたため失職し、現在に至つているので、そのうち事故発生から二年分を休業損害として請求する。

(三)  逸失利益 五二万円

前記後遺症により右の将来得べかりし利益を失つた。

(四)  慰藉料 六六万六〇〇〇円

原告の本件傷害及び後遺症による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み右の額が相当である。

(五)  原告車破損費 七万円

本件事故により原告車は破損し廃棄せざるをえなかつた。

(六)  損害の填補 一一二万円

原告は正志から一〇万円、自賠責保険から一〇二万円の支払を受け、これを前記損害の一部に充当した。

(七)  弁護士費用 一〇万円

被告は以上の損害賠償を任意に支払わないので、原告はやむなく法律扶助協会を通じて本件原告訴訟代理人に訴の提起と追行を委任し、手数料等五万円を支払つた外成功報酬として相当額の支払を約しているのでそのうち一〇万円の支払を求める。

四  (結び)

よつて、被告に対し原告は以上の損害のうち一二六万六〇〇〇円及びうち一一六万六〇〇〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四八年四月二二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告の事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)は否認する。(六)のうち傷害の事実三五日入院したことは認めるが、その余の事実は不知。(七)は否認する。

第二項中正志が被告の実子であることを除きその余の事実を否認し、主張を争う。被告車は正志の所有であり同人は自己の私用に使用していたとき本件事故を起した。第三項中(一)は認める。(二)は否認する。なお原告の職業は原告主張の会社すなわちキヤバレーゴールドの集金人であつた。

退職は老令に達したことが主因である。

(三)、(四)は否認する。(六)は認める。(七)は否認する。被告は本件事故について原告から請求を受けたことがなかつたから、やむなく訴を提起したということは当らない。

二  (事故態様に関する主張)

本件事故は、原告が停止中の車両と車両の間を横切り、歩道から単車に乗つて飛び出して来て直進中の被告車に衝突したものである。

三  (抗弁)

(一)  免責

右のとおりであつて、仮に被告が運行供用者責任を負うとしても正志には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに原告の過失によるものである。また、被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法第三条但書により免責される。

(二)  過失相殺

(1) 仮に免責が認められないとしても、事故発生については原告の前記過失も寄与している上原告車は自賠責保険を付していないものであつて、そもそも運行の用に供してはならなかつたものであることを賠償額算定につき斟酌すべきである。

(2) 原告は通院中、鎖骨々折治療のためのギブスを医師に無断で除却し、症状を悪化させ、ために通院期間を長引かせ、主張の後遺症に至らしめた。従つて損害拡大について原告が責を負うべきである。

(三)  免除ないしは請求権の放棄

原告は正志に対し、本件事故による損害につき三八九万〇一三六円の支払を求める調停を青森簡易裁判所に申立て、同事件は同簡易裁判所昭和四七年(ノ)第四一号事件として係属し、昭和四七年九月二八日原告と正志との間に、正志から一〇万円の支払を受け、その余の請求権は放棄する旨の調停が成立した。従つて右請求権の放棄ないし免除の意思表示の効力は被告にも及んでいるから本訴請求は失当である。

第五抗弁事実に対する原告の認否

一  抗弁(一)(免責)は否認する。

二  抗弁(二)(過失相殺)(1)は否認する。なお原告車に自賠責保険が付してなかつたことは認めるが、この事実は事故発生と因果関係がない。

三  抗弁(二)(過失相殺)(2)は否認する。

四  抗弁(三)(免除ないし請求権の放棄)のうち、青森簡易裁判所で被告主張の調停が成立したことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。加害者である正志の賠償義務と運行供用者ないしは使用者である被告の損害賠償義務とは、いわゆる不真正連帯債務の関係にあり、たとえ原告正志に対して賠償請求権の放棄又は免除をしたとしても相対的効力を生ずるに止まり、被告に対してはその効力は及ばない。のみならず仮に絶対的効力があるにしても右調停の内容は、後遺症損害賠償請求権を留保してなされたものである。

第六証拠関係〔略〕

理由

第一、一 (事故の発生と事故態様)

(一)  請求の原因第一項中(一)ないし(四)は当事者間に争いがないので本件事故態様につき検討する。

右争いない事実、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから〔証拠略〕を併せ考えると次の事実が認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分はいずれも採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  本件事故現場は国道七号線方面から大野方面に通ずる幅員約九メートルのアスフアルト舗装の歩車道の区別のある直線道路であり前方に対する見通しはよい。歩道幅員は片側約四メートルである。制限時速は四〇キロメートル、駐車禁止の規制があり、道路両側には商店が立ち並んでいて、人、車とも交通量が多い。本件事故現場と事故の概況は別紙図面のとおりである。

(2)  正志は被告車(車幅一、五八メートル、車長四・六一メートル)を運転し、国道七号線方面から大野方面に向け進行して来たところ、本件現場付近で先行車が多数続いて停車していたため、その最後尾(<1>地点)に一旦停車した。

(3)  原告は株式会社亀井商店から前記停車車両の間を通つて本件道路を横切り、原告車の車体三分の二位を車両の間から出し、両足を地につけて原告車にまたがつていた。

(4)  一方正志は一旦停車したものの対向車両がなく、かつ前方交差点において右折するつもりであつたので、道路右側(進行方向に向つて、以下同じ)部分に進路を変え、時速約二〇キロメートルに加速進行、約一八メートル進んで<2>地点に来たとき、進路左斜前に原告を認め、急制動の措置をとつたが間に合わず、約三メートル前方<×>地点で被告車の前部バンバー左端を原告車に衝突させ、なお約一メートル前進して停止した。原告は<ロ>点(衝突地点左斜前方約二メートルの地点)に原告車と一緒に転んだ。

(二)  ところで正志としては、本件現場付近にいたとき、道路の状況が先に認定したようなことであつたのであるから先行車に続いて停車しているか、たとい右折するため進行するとしても、前認定のような生活道路では、停車車両の間から歩行者や、単車等が出てくることはしばしばあることであるから、これを予想し、突嗟の危険に対応できるよう前方注視を十分した上最徐行して進行すべき注意義務がある。しかるに正志は前認定の事実から推認されるとおり前方注視が不十分であり、前認定のとおり徐行もしていなかつたのであるから過失があること明らかである。

二 (責任原因)

(一)  〔証拠略〕によれば次の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は採用できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  正志(本件事故当時二七才)は現在タクシー運転手をしているが事故当時から昭和四七年八月頃までは父である被告と生計を一にし、被告の営む建具の製作、販売に従事していた。右営業(榊木工)は被告個人の名義であり、正志は高校卒業後一年位してから父の仕事を手伝うようになり、建具の製作、販売をしていた。正志は被告から給料という形で金銭の支給は受けなかつたが、食費、洋服代等は被告が負担していた。被告方にはその外に従業員はいない。

(2)  ところで被告車は正志の所有名義であつたが常時営業上使用され、本件事故当日は、正志の知人が、建具に取付ける金具を買いに来たところ、被告方に在庫がなかつたので、右知人の依頼を受けた正志が金物屋まで同行し、適当な金具を見立ててやるべく被告車に知人を同乗させて運行中本件事故に至つた。

(二)  本件全証拠によるも被告が被告車の所有者であることは認められないが、以上認定の事実によれば、被告は被告車の運行を支配し、運行による利益を収めていたものと認められるから自賠法第三条の運行供用者とし人的損害についての責任を負わなければならない。又右事実によれば、被告は使用人たる正志が、被告の業務中に本件事故を起したものと認めるのを相当とするから、物的損害について民法第七一五条の責任をも負わなければならない。

(三)  ところで被告は免責又は過失相殺の主張するのでその点につき考えると、前に認定したように正志について過失が認められる以上その余の点につき判断するまでもなく、被告の免責は認められない。しかしながら前記認定事実によれば、被害者である原告にも、停車車両の間から出て行くに際し右方に対する安全確認を十分しなかつた点過失があつたものというべく、この点につき、後記損害算定の際斟酌することとする。

三 (事故と傷害の関係)

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は本件事故により、その主張どおりの傷害を負い、その主張の期間、日数の入通院をした(但し、通院実日数は六九日。原告が傷害を負つたことと、三五日入院したことは争いがない。)そしてなお右鎖骨仮関節を残し、胸が圧迫されるような症状に悩まされているが、高令のため再手術は見合わせるよう医師の勧告がなされている。右により原告の蒙つた損害の額は次のとおり認められる。

第二(損害)

一(一)  入院治療費 三五万一七七四円

当事者間に争いがない。

(二)  休業損害 二五万二〇〇〇円

〔証拠略〕を併せ考えると次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。すなわち原告は本件事故当時朝日観光開発株式会社に勤務して経理事務に携わり、月収四万二〇〇〇円を得ていたところ、本件事故により休業を余儀なくされ、退院後も健康状態が悪く職務に耐えられず、昭和四六年七、八月頃退職せざるをえなくなつた。そしてその後も働いていないので、収入は全くない。

被告は原告の退職の主たる理由は老令によるものであるというが、右主張は、前認定の事実に照らし、採用できない。そして前認定の原告の治療経過に照らし月四万二〇〇〇円の割合で算出した六か月分の給料に相当する二五万二〇〇〇円を原告の休業損害と認めるのが相当である。

(三)  逸失利益 五三万円

前認定の後遺症、原告の年令、健康状態からみて従前と同様な労働条件で再就職することが期待しづらいこと労災補償保険上労働能力喪失率の基準とされていることが職務上顕著である労働基準監督局長通牒(昭和三二・七・二基発第五五一号)等を併せ考えると原告の後遺症によるうべかりし利益は少くとも次のとおり算定される五三万円(万円未満切捨)を下ることはないと認められる。

42000×12/年収×0.3/労働能力喪失率×3.5459/稼働可能年数4年のライプニツツ係数≒536140

(四)  原告車を廃棄したことによる損害

被告は認否しないが〔証拠略〕により争うもの認められるところ、〔証拠略〕によると原告は原告車を事故以来見たことがないこと、原告車を七万円で購入して、二、三か月後に本件事故にあつたことが認められるのみであり、他方前掲甲第九号証(事故直後の実況見分調書)には、被害車(原告車)には、損傷箇所は認められなかつたとの記載もあり、本件全証拠によるも未だ原告主張の車両損害と本件事故との相当因果関係を認めることは出来ない。

(五)  慰藉料 一〇〇万円

前認定の原告の傷害及び後遺症の部位、程度、治療経過その他一切の事情(但し原告の過失の点は一応度外視する)を考慮し慰藉料として一〇〇万円を相当と認める。

(六)  過失相殺

被告主張のうちギブスを無断で原告が除去したために損害が拡大したとの点については、本件証拠からはこれを認めることは出来ない。

運転上の原告の過失については、前認定のとおりであるからこれを斟酌(但し原告車に自賠責保険が付してなかつた点は本件事故と因果関係がないので斟酌しない)し、原告の損害のうち七割五分にあたる一六〇万〇三三〇円を被告は原告に賠償すべきである。

二  損害の填補 一一二万円

原告主張とおりの填補がなされたことは当事者間に争いがないのでこれを右賠償額から控除する。

三  弁護士費用 七万円

以上により原告は被告に対し四八万〇三三一円請求しうるところ、〔証拠略〕によれば、被告はその任意の支払をしないので原告はやむなく法律扶助協会を通じて本件原告訴訟代理人に訴の提起と追行を委任し、手数料等五万円を支払つた外成功報酬として少くとも五万円以上の支払をすることを約していることが認められる。しかし、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照し、そのうち七万円を被告に対し負担させるのを相当とする。

四  次に調停成立による免除ないし請求権の放棄について判断するに原告と正志との間に被告主張の趣旨の調停が成立したことは当事者間に争いがない。しかしながら不法行為責任を負う正志との間になされた右調停の効力は、同人と不真正連帯債務を負う運行供用者たる被告の責任に影響を及ぼさないと解するのが相当であるから被告の主張は採用できない。

第三結び

よつて被告は原告に対し五五万〇三三一円及びうち弁護士費用を除く四八万〇三三一円に対する、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年四月二二日から支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があるから、右の限度で原告の請求を認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤壽一)

現場見取図

<省略>

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